日本のクリエーター達はもっと、広い世の中を見ルベシ!アート、デザイン、ファッション、写真、音楽、建築、料理 etc.、自分の好きな分野でキャラを活かして、世界で活躍してみたい!
そんな若いクリエーターへ、ムリネヨウコからかなり直球メッセージ。

6.6.08

"変わりたい..."って思う時

学校を出て、安定した仕事に就いてるけど、何となくまだ、本当に自分がやりたいことが
できていない気がする。
学校の卒業は見えているけれど、その先の本当にやりたいことまでははっきり見えない。
ブッチャケ、自分の今までの行動のどれもみんな、言われてみればはっきりした目的があった
からではない気がする。...そんな風に思ったことはないですか?

私たちの多くはそうやって、周りがやっているから、親が言うから、常識だからと何となく、
生活が出来ればそれでいいという基準で、何か水のなかを漂っているみたいに無気力な生き方
を、ついついしてしまっている気がします。

"若いクリエーター達の国際的な活躍を応援するぞ"と、30代半ばにしてやっと本当に
やりたいことを見つけた!と感じる私も、随分と"本当の自分探し"に時間を費やしました。

引越しの多いサラリーマンの家庭に育ち、小中高それぞれ、入学した学校と同じところに最後
まで通いませんでした。それでも幸い留年したりすることもなく、するすると新しい環境にな
じんでは進級していました。
高校2年生のときに、念願かなってアメリカに一年間留学しました。帰国して半年で受験した
日本の大学も、英語を専門にして大学に行きたいと漠然と思っていたからで、その後具体的に
何になりたいという目標もなく、4年間が過ぎました。
大学4年生になって、就活に全力を尽くしている同級生に同調出来ず、仕事は卒業してから
探し始めました。それでもたった1,2件だけ、マンションの一室の小さな広告会社の求人に応募
して即決、その1年後アパレルの販売に転職して1年半、気がつけば20代半ばになりました。

当時私は彼氏がいて、出会って数ヶ月で結婚を考えていました。ものすごく好きだったからと
いうより、"20代も半ばになって同棲したら、結婚でしょ"みたいなノリだったと思います。
セールススタッフの仕事自体にもそーんなにやり甲斐があったわけではなく、ただ
ファッションの仕事がしたかったのと、給料もまあまあだったので、"もうそろそろ落ち着く
かぁー"と思っていました。

こんな具合にフツーに、とんとんと将来を決めてしまおうと思った頃、その彼と別れることに
なりました。そんなに夢中だったわけでもなく、初めて付き合った彼でもない、おまけに自分
から別れようと決めたのに、初めてシビアな挫折感を味わったかのようにショックでした。
結婚しても仕事は続けるつもりでしたがそれもやめ、東京から千葉の実家に戻りました。
それから3ヶ月、家族以外は友達にも同僚にも連絡を取ることも会うこともなく、自分の部屋に
引きこもって過ごしました。時代が出て笑っちゃいますが、当時携帯もインターネットも
使っている人はいなかったので、千葉に戻ってポケベルを解約すると、すごくあっけなく独り
になりました。

今振り返ると、その時かなりウツで自暴自棄になりがちだったにも関わらず、別れた相手を
傷つけようとしたり、自分自身生きることを諦めたりしなかったことは、それまで家族に
愛されてきた、私がこれ以上勝手すると家族が悲しむ、という自覚が、どこかにあったからだ
と思います。自分の殻に閉じこもってしまうと、長引くほどにそこから抜け出すのにも大変な
エネルギーが要ります。その時の私は落ち込んでいたなりにも"本当はどんな自分になりたい
んだろ?”と真剣に考えたせいか、引きこもりも3ヶ月程度で済んでよかったなと思います。

人間、生きてくうちに平坦な道ばかりではないので、あなたもあの頃の私のように落ち込む
こともあるかもしれません。傍目から見れば普通にやっているように見えても、本人にして
みれば自分自身をちゃんと認めてあげられなかったり、人知れずとても苦しんでいるかも
しれません。
極端な例かもしれませんが、その結果自分自身のみならず他人を傷つけたり殺めたり、何年に
にも渡って引きこもったりという話を、メディアが伝えることは珍しくなくなりました。
人が死ぬのと引きこもりは違うんじゃないかと言う人もいるかもしれませんが、その痛みを
経験した私に言わせてもらえば、意志もなく死んだように生きているなら、生きていないも
同然だと思うのです。

クリエーティブな人のエネルギーがポジティブに働く時、本人や周りの親しい人も予想が出来
ないくらいのパワーを発揮し、素晴らしい成果を挙げることがあります。私も時々自分の仕事
の中で、あるいは生徒達からそれを感じて、感動で鳥肌が立ったり、ジーンとすることがあり
ます。なにものにも代え難い素晴らしい感動!でも、それがネガティブに働く時、第三者から
見たら"長い人生そういう時もあるよね"とか、"若いときはいろいろ悩むよね"程度に捉えられ
るべきものが、感受性が豊かな分、"お先真っ暗"に感じられてしまうこともあります。

なんで不幸とかスランプとかチャレンジって、起きるんでしょうね?...
沢山の成功者が、"あの時のショックな出来事があったからこそ、今日の自分がある"と言って
います。私もやっとこの年頃になって、"ピンチはチャンスだ!"と思えるようになりました。

自然の流れとして、例えば経済を例にとっても、大きく上昇する前には、必ず大きな下降が
あります。崖から突き落とされたような体験をしても、這い上がれればそれを機に、前より
ずっと強くなれるし、面白いことにひとには優しくなれるんです。そのために私たち誰にで
も、人生の節目節目にピンチがやってくるのだと思います。マッサラの赤ちゃんの状態から
着実に、バージョンアップした自分になるために。

今となっては、当時の彼には悪いけど、あの時結婚してなくて本当に良かった!と心から
思います。(笑)あれから勇気を出して大学の時は得意でもなかったフランス語を復習し始め、
"ファッションデザインを勉強したい"とまずはパリに行かなければ、今の私はなかったはず
だから。

でもあなたがもし既に"変わりたい..."って思っているなら、出来ればどうか、前にも後ろにも
進めない状態で崖から突き落とされる前に、少しずつでもいいから、勇気を出して、考えるん
じゃなくて行動を起こしてほしいと思います。その方がスムーズに変わりやすいから。
例えば貯金ゼロで失業して、急いで仕事を探したり何かを始めなきゃならないのと、いくらか
蓄えがあって始めるのでは、心の余裕が全然違うでしょ?それと同じように、崖から落ちて
ゼロになると、自己嫌悪した自分、助けてくれなかった周りのひとや運の悪さをまず許して、
元気を取り戻すことにエネルギーを使わなくちゃいけない。言っとくけどそれってラクじゃ
ないです!

行動してみて、期待したような結果にならならなかったとしても、それはそれじゃないの!?
少なくとも年を取ってから、やらなかった後悔に苦しまなくてすむでしょう。時間が経てば、
いずれ気が変わって諦められるわけではないから、後悔やあせりがますます重くのしかかって
くるだけだと思います。

自分バージョンアップの機会である素敵なピンチを無視すると、目覚まし時計のスヌーズボタ
ンを押したみたいに、あとでこれでもかこれでもかとアラームが鳴ります。どこかで、本当に
起き上がらなければ、年をとってもアラームは鳴り止まないんです。

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